屋根裏生活×やねうららいふ

機械・電子系ガジェット・本をこよなく愛し、いろなんことをやってみたがる人の、気まま記録。

#hagaren 45のお題/32、好き?

 32、好き?
■□□■□□■□□■□□■





 手段だと、思っていた。




 珍しい先客に、エドワードは金色の双眸を見開いた。
 海千山千の大人を相手に堂々と渡り合う頭脳と度胸を持っているくせに、少年は、時に酷く子供らしい表情を覗かせることがある。
 無防備で、無邪気な子供の顔を。
 だが、それは一瞬のことだ。
 ドアを後ろ手に閉じると、少年は不遜な態度で笑った。
 「ー明日は雨だな」
「せめて挨拶くらいはしたらどうだね」
書物から顔を上げると、ロイは呆れたようにエドワードに視線を寄越した。机の上のランプが、涼しげな風貌を淡く照らす。
 昼間でもうっそりと暗い室内には、紙とインクと仄かな黴の匂いが充満していた。重要な書物・資料を扱う書庫は、紙の劣化を避けるために、最低限の太陽光しか入らない作りになっているのだ。
 天井には柔らかな光を放つ照明が取り付けられていたが、古い手書きの文字を読むにはいささか頼りない。ロイは、閲覧用の大きな机の上にランプを置いていた。紙を扱う図書館で火気は厳禁のはずだか、どうにか司書を言いくるめたに違いない。
 持ち出し禁止の書物を閲覧するために、書庫には大きな机が設えられている。何人かが同時に使用できるほどの大きさがあるのだが、ロイはあたり一角をすっかり占領していた。
 文字通り山のように積まれた本の山を避けて、エドワードは空いている椅子を引いて腰を下ろした。薄暗い室内にあって、少年の金色の髪は一際輝いて見えた。
 「どうしたんだよ」
 国家錬金術師の資格を得てから、エドワードは何度もこの部屋を訪れた。埃っぽい空気にも慣れたし、司書にもすっかり顔を覚えられた。
 だが、一度たりとも、ロイとこの場所で鉢合わせしたことはないのだ。
 一体どんな用があって、彼はここに居るのだろうか。
 ーそもそも、真面目に本を読んでる大佐ってのが、なんか変な感じなんだけどな。
 エドワードの疑問に、ロイは素直に答えてくれた。
 「なに、査定も近いのでね。研究論文の資料を探しに来たのだよ」
 数々の特権を与えられる代わりに、国家錬金術師には様々な制約がある。年に一回の査定も、そのひとつだ。一年間の成果を報告するのだが、成績如何では資格の剥奪も有り得るため、たかが論文といえども疎かに出来ない。
 「大佐でも査定ってあるんだ」
「軍人といえども、特例はないよ」
同じ軍の組織ではあるが、国家錬金術師は大総統府直轄の特殊な部門である。国家資格の前には、軍人としての肩書きは何一つ通用しない。
 むしろ、体面的に、民間の研究者に遅れを取ることが出来ないだけ、分が悪いといっていい。
 査定は、論文の他に実戦での成績や研究結果の実物でも受け付けている。だが、国軍東方司令部司令官の要職にあるロイが、前線に出て戦うことは稀で、結局、研究内容を論文で提出せざるを得なかった。
 国内最大の蔵書を誇るのは、セントラルシティにある中央図書館である。錬金術関係の書物の品揃えも豊富で、しかも入荷が早い。
 とはいえ、多忙を極めるロイがセントラルまでそうそう足を運ぶわけにもいかず、手近なイーストシティの国立図書館を頼るしかなかった。
 もっとも、中央図書館ほどではないが、東部図書館も、錬金術関係の書物の類は充実していた。
 理由の一つに、過去の東部内乱が挙げられる。
 国家錬金術師が多数参戦したあのイシュヴァールの内乱の影響で、東部の図書館には今も錬金術関係の資料が豊富に揃っているのだ。
 積み上げられた資料の背表紙を、エドワードはざっと流し読んだ。一見すると、エドワードは、頭脳よりも身体を動かすことが好きそうな直情型の少年に見える。確かに、彼にはその一面がある。反面、根気と持久力が要求される地味な作業も得意とする、優れた研究者としての一面も併せ持っているのだ。
 物質錬成を得意とするエドワードと、焔の化学錬成を得意とするロイでは、錬金術の系統が異なるのだが、他人の研究は気になるらしい。
 流石に手元の研究論文には目を走らせなかったが、扱っている書物の品揃えだけである程度推理が出来たようだ。
 「これって、ハーディルシアの構築式…?」
「ほお、それだけでわかったか。流石だな」
「なんとなくね」
エドワードは気軽に答えたが、ロイは内心で舌を巻いた。
 優れた錬金術師に求められるのは、豊富な知識と、分析力、柔軟な発想力、そして閃きと勘の良さである。
 『天才』と呼ばれるだけのことはあり、エドワードは錬金術師として必要な要素を兼ね備えているらしい。人は見かけによらないとは、よく言ったものだ。
 「でも、ハーディルシアの構築式やるんならさ、ファーディナルの理論の方がいいんじゃないの?」
先ほど背表紙を読んだ限り、当該の書物は並んでいなかったようなのだが。
「ファーディナルか。それも悪くないんだが、私としては別の観点からアプローチしたくてね」
「どの辺?」
「そこに、『真なる陽の理の書』があるだろう」
「どれ?」
「君の右横の山の下から三番目だ」
言われるがままに、エドワードは山の下から本を抜き出し、ロイの薦めるページを捲る。
読み進めながらしばらく口の中でなにか小さく呟いていたが、閃くものがあったのだろう。
「ちょっとそれ貸して」
置いてあったペンを取ると、エドワードは白紙にさらさらと構築式を描いていく。性格なのか、出来上がったのは大雑把なものだが、ロイは感心した。短時間で作り上げたとは思えないほどの完成度を誇っていたからだ。
「どう?」
「ふむ」
エドワードの作り出した複雑な構築式を瞬時に読み取った男は、更に発展させた図式を新たな紙に描いた。
「君の理論も一理あるが、この式とここの式は省いてもいいだろう」
「あー、その方がすっきりするか」
「私なら、ここには別の式を入れるよ」
「どんな?」
「そうだな。アーガニア・ラードの定義はわかるかね」
「ミアーザ派のだろ?」
「そうだ。彼の定義を使って、ここはこの式を入れる」
ペン先が生み出す新しい錬成陣に、エドワードは唸り声を上げた。
「そういう組合せもアリかよ」
「発想の転換、というやつだな」
ロイが笑えば、悔しいのか、エドワードは資料になりそうな本を片っ端から紐解いていく。
 一心不乱に文字を追う様は、子供が新しい玩具を手にしたときのように、生き生きとしていた。
 ロイは、ふと我に返ったように呟いた。少し呆れたような、感心したような声は、本人でさえ意図していなかったものだ。
 「君は本当に錬金術が好きなんだな」
本に集中している時は周囲の音が聞こえなくなるエドワードなのだが、なぜかロイの小さな呟きは耳に届いたようだ。
 もっとも、声は聞こえたものの、何を言われたか分からなかったらしい。異国の言葉を初めて聞いたような、きょとんとした妙に幼い顔で、ロイを見上げてきた。
 「好き?」
「違うのかね?」
「ーそんなこと、考えたことなかった」


 自分にとっての錬金術は『手段』だと、思っていた。
 母に喜んでもらうための手段。
 母を生き返らせるための手段。
 自分たちが喪ったものを取り戻すための手段。
 それ以上でも、それ以下でもなかったはずだ。


 呆然と語るエドワードに、ロイは苦笑した。
「自覚がなかったのか。…錬金術の話をしているときの君は、とても楽しそうだよ」
 ロイの言葉に、かつて幼馴染に言われた言葉が思い出された。
 紅葉を見ても氷の結晶を見ても即座に原理に思いを馳せる兄弟に対して、うんざりしたように彼女は言ったのだ。
 『エドもアルも、なにかって言うとすぐに錬金術に結び付けるんだから! この錬金術オタク!』
機械オタクのお前には言われたくないっと、売り言葉に買い言葉で返したのだが。
 彼女の言葉は、真実をついていたのかもしれない。
 ー認めるのは悔しいが。
 残り少なくなってきたランプの芯を見るとはなしに見ながら、エドワードは傍らの青年を見上げた。
 「大佐は?」
「私?」
「そう」
机の上に両肘をついて、ロイは組んだ手の上に顎を乗せた。とりたてて美形と言うわけではないが、端正な顔立ちに薄い笑みが浮かぶ。
「私にとっての錬金術は『必然』だ」
「ーなんか狡くない?それ」
「そうかね?」
狡い大人は、じっとりと見つめてくる子供の視線を笑顔で交わし、椅子から立ち上がった。軍服に皺が寄っているところを見ると、相当長い時間、座り込んでいたらしい。事務仕事は苦手だと公言して憚らないくせに、彼もやはり研究者ということか。
 「さてと」
「んだよ」
「君を見ていたら向学心が湧いてきたのでね。新しい本を探してくるよ」
エドワードの肩を軽く叩いて、ロイは書架の向こうに消えた。
 ー一瞬物足りなさを覚えたのは、気のせいだ。きっと。
 大きな手が離れていくのが、寂しいなんて。


 
 エドワードは胸にわだかまるもやもやをすべて溜息にして吐き出すと、視線を本に戻したのだった。
 どんな時でも、錬金術に没頭してさえいればすべて忘れていられる自分は、やはり錬金術が好きなのだろうな、と思いながら。

 エドワードの溜息に誘われたように、テーブルの上のランプが微かに揺れた。




END


■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■□□■
Comment

 原作の何話だか読んでいて、「エドってホントに根っこから『錬金術師』なんだなぁ」と思ったのが、この話を書くきっかけになりました。
 加えて「好き?」のお題を、天堂が額面通りに受け取るはずもなく(笑)。
 結果、こんな話になりました。
 なお、注釈書くまでありませんが、文中の理論だとかその他一切合財は天堂のでっちあげです(苦笑)。
 あと、エドを物理錬成、ロイを化学錬成としていますが、それも個人的に設けた設定です。そもそも、そんな言葉があるのかどうかも知りません…<こら

 SS自体は、(特に後半が)未消化な感じですが、今の自分ではあがいてもどうにもなりそうもないので、とりあえずこの状態で公開します。
 その内こっそり修正しているかもしれません(苦笑)。

 しかし、相変わらずらぶもなにもない話ですね。
 もう少し色気のある話が書きたいなー<自業自得



2004.5.23
Maya.Tendou